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「『平和国家』日本の再検討」(岩波現代文庫)(修の呟き)

2014.02.25(21:26) 1365

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 獨協大学教授の古関彰一さんの「『平和国家』日本の再検討」(岩波現代文庫)は日本国憲法の制定過程や安保条約の歴史的変遷を新たな視点から考察していて、大変興味深い一冊です。ご一読をお勧めします。
 戦争放棄条項について、「平和憲法の根幹をなす戦争放棄条項は、マッカーサーの発案であり、それは戦争放棄条約、国連憲章という世界史的な戦争違法化の流れを受け継いだものであったが、同時にマッカーサーの政治的・軍事的戦略でもあった。マッカーサーは昭和天皇の戦争責任を免罪するという政治戦略のために憲法に戦争放棄条項を盛り込み、また沖縄を軍事要塞化すれば日本本土が非武装でも防衛可能であるという軍事戦略のために憲法に戦争放棄条項を盛り込んだのであった。これ以外に日本再生の道はないとマッカーサーはこの当時の政治・軍事情勢のなかで考えたのである。米国政府の決定ではない」と考察。天皇の戦争責任の免責を受け入れ、沖縄を基地化することによって平和憲法が成立したと指摘しています。

 また日米安保条約について、「日米安保条約は、かつては日本の軍事的脅威を押さえ込む意図で、米国によって企図され、アジア・太平洋諸国によって受け入れられてきた。ところが、いまや日本の軍事力の強化を受け入れる安全弁にすらなっている」と指摘し、「いまや、日米安保条約は、米国の軍事的プレゼンスに日本が寄りかかることによって、日本人の安全保障に対する緊張感を弛緩させる存在とすらなってしまった」といいます。

 現在の状況について、「『平和国家』の半世紀を再検討し、なによりもまず、痛感させられることは、戦争責任に対して、ほとんど無自覚なままに平和憲法を受け入れ、安保条約を自国の問題としてのみ考えてきた点である。自らが行った戦争を自国民の被害の視点からのみ見るのではなく、他国民に与えた被害も含めて認識し、かつなぜ戦争放棄を中心とする平和憲法を持つに至ったのか、という憲法認識をほとんど持つことなく、われわれはこの半世紀を越えて歩んできた。こうした歴史認識を欠いた憲法認識は、一方では憲法の平和主義を自国民にとっての『理想』とし、他方では他国の平和や人権意識を『押しつけ』と非難することにつながっていると見ることができよう。このように我々は戦争責任を自覚することなく、戦後を歩んできた。こうして歴史性・政治性を疎かにするという知的環境をつくりだしてきたと言わざるを得ない。もちろんそれは米国の冷戦政策と東西の対立によるものでもあったが、もはや冷戦後には通用しない」と述べています。

 最後に「日本は、憲法を維持しつつ辛うじて日米安保条約のもとで『平和国家』を形成してきたが、いよいよ両立不可能の時代を迎えていると言えよう。いままさに『平和国家』は重大な岐路に立たされている」と締めくくっている。
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