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【修の呟き日記(2014.9.14)】

2014.09.14(19:16) 1871

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【修の呟き日記(2014.9.14)】
 通院介助の仕事は先週、無難に終えました。佐賀県庁前くすの栄橋での恒例金曜日脱原発アピール行動に仕事終了後駆け付けましたが、参加者が少ないのにがっかりしながら、仕事や学校帰りの通行人にしっかりと脱原発を訴えました。この日は、原子力委員会の無責任な九州電力川内原発1、2号機の審査結果をまとめた「審査書」を正式決定したことへの怒りをもって多くの人が駆け付けるものとばっかり思っていました。脱原発訴訟原告は増えているそうですが、よみがえれ!有明訴訟も同じですが、原告は多いに越したことはありませんが、原告数が多いだけでは裁判勝利に結びつかないし、私たちの願いの実現にも結びつきません。原告になっただけで、運動に参加していると自己満足してしまい、そこで運動が完結してしまいます。運動は共感者、共鳴者を増やしてこそ勝利に結びつきます。それは広く訴えていくしかありません。身内だけでまとまっていても、広がるはずがありません。会議室で運動はできません。街に出てはじめて不特定多数の人びとに訴えることができます。愚痴が多くなりました。
 さて、昨日(13日)は、「諫早湾開門署名全国キャンペーンキックオフ長崎集会」に参加してきました。佐賀新聞からは取材に来ていなかったようで、共同通信長崎支局配信記事を使うのかなと思っていました。ところが今朝の紙面を見たら、長崎新聞提供のクレジットが入っていました。ということは共同通信も取材をしていなかったということです。OBとして情けなく思います。開門署名の方法などについては昨日、書きましたので繰り返しません。集会まで時間がありましたので、JR長崎駅周辺をぶらぶらしました。写真はぶらついた時の場所です。建物は会場の長崎市立図書館です。室内の写真は同図書館内に設けられた原爆投下後、新興善小学校内につくられた救護施設を復元したものです。
 今朝(14日)の赤旗に、1964年、米海軍厚木基地を離陸した米空母艦載機の戦闘機が神奈川県大和市の舘野鉄工所に墜落し、同鉄工所の工場と住居を全焼し、経営者の舘野正盛さんの長男(26)、二男(24)、三男(20)、いとこ、従業員の計5人が犠牲になり、市民3人が重軽傷を負った、「舘野鉄工所米軍機事故」の「50周年慰霊祭」が13日、同市で行われた、と掲載されていました。画家の田島征三さんも参加され、当時「舘野さんを支える会」で絵を描いて売って裁判資金を集めたことなどを話されたと伝えています。また正盛さんの4男(62)も駆け付けられ、当時の様子を話されたそうです。私も東京在勤中、支える運動に参加させていただきました。舘野さんの口癖は、「二度と私のように米軍被害で苦しむ人をつくってはならない」でした。この記事を読み、懐かしみと同時に、いまだに米軍被害で苦しむ人が後をたたず、佐賀空港軍事基地化が進めばさらに米軍に苦しめられる人が増えてしまい、舘野さんに限りなく申し訳なく思います。それだけに佐賀空港軍事基地化は絶対に阻止する決意を改めてしました。
 今朝(14日)、庭に出たら酔芙蓉の花が咲いていました。写真は朝、白色、午後になるとピンク色に変わった花びらの様子です。夕方になると、花びらを赤色に染めます。
 来週日曜日(21日)は、佐賀革新懇などが元沖縄県議会議長で元自民党沖縄県連顧問の仲里利信さんをお呼びして、「オスプレイ配備と佐賀空港軍事基地化を考える学習集会」が午後2時から、佐賀市文化会館で行われます。私も参加し、しっかりと沖縄問題を学び、合わせ佐賀空港軍事基地化阻止の道筋を探りたいと思います。同時に参加者のみなさんに「諫早湾開門署名」をしていただくつもりです。
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