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【横浜米軍機墜落事件37年】

2014.09.27(15:45) 1911

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【横浜米軍機墜落事件37年】
 今日(27日)のしんぶん赤旗の3面左肩に37年前(1977年)の横浜米軍機墜落事故で甚大な被害を受けた横浜市緑区の椎葉寅生さん(76)と悦子さん(72)のインタビュー記事が掲載されています。
 在宅中だった悦子さんは米軍機が墜落した瞬間について、「突然、外が真っ黒になり、ごう音と光が家に飛び込んできて、火炎放射器を向けられたようでした。気付くと、爆風で外に飛ばされていました」と、振り返ります。悦子さんは心的外傷後ストレス障害(PTSD)からいま、歩くことがままならないそうです。
 そして、墜落直後、自衛隊のヘリコプターが来たそうですが、自衛隊は重症の悦子さんを助けず、けがをほとんどしていない米兵パイロットを連れて帰ったのです。
 寅生さんが全焼の自宅に入ろうとしたところ、警察はロープを張って阻止し、米軍は警察に守られて墜落機のエンジンなどを持ち去ったといいます。そしてそこにニヤニヤしながら補償交渉をしようとする防衛施設局の職員がいたそうです。
 椎葉さん一家は、事件の全容を明らかにせず、自動車損害賠償保険並みのわずかな補償で済ませようとする防衛施設局の態度に、訴訟に踏み切ります。事件から10年後、横浜地裁(上杉晴一郎裁判長)は、公務中の米軍人にも日本の民事裁判権が及ぶ判決を勝ち取り、各メディアは「『安保の壁』に風穴が開いた」と報じました。
 椎葉さん一家は苦しみながらも闘い、一定の成果を上げることができました。しかし、多くの米軍事故被害者は泣き寝入りが多く、被害を受けたうえさらに苦しむという二重三重の苦しみを受けます。被害者を救済すべき「日本政府は私たち国民ではなく、加害米軍の立場に立っている」(寅生さん)のですから、被害者はさらに二重三重の苦しみを負うことになります。
 佐賀空港の軍事基地化を許してしまえば、自衛隊オスプレイと同時に米軍オスプレイの訓練基地化になることは間違いありません。オスプレイは他国侵略の奇襲攻撃機で、事故が多発し、いまだにその原因も明らかにされていません。オスプレイの事故はさらに秘密にされ、事故被害者はそれこそ大変な苦しみを迫られます。オスプレイ導入は日本防衛に役立たないどころか、隣国の軍事増強を引き起こし、日本国民にはさまざまな被害をもたらすだけです。
 椎葉さんには諫早湾開門署名に早々にご協力いただきました。赤旗記事の写真で、久々にお姿を見ることもできました。そして、椎葉さんの闘いが偉大な闘いであったことを確認しました。

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