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原寿雄×藤森研×金平茂紀

2015.01.27(16:46) 2283

<JCJふらっしゅ 2014/01/27 2432号より>


                鼎 談
                
        言論暴力に抗し、愛国世論に流されぬ覚悟を
        戦後70年、ジャーナリズムのなすべきこと

            原寿雄×藤森研×金平茂紀

 第二次大戦から70年目の2015年は、言論機関への襲撃事件で幕を開けた。か
つて戦争を先導した日本のジャーナリズムは、相互理解を深め、戦争を防ぐ言論を作
り出せるのか。一人一人が問われている。原寿雄さん、藤森研さん、金平茂紀さんに
話し合っていただいた。

◇日本は他人事のような伝え方

藤森 戦後70年とジャーナリズムについて語り合っていきたいと思います。
金平 レバノンでシリアから逃れてきた人を取材しました。いまイスラム国が世界に
とって最大の脅威だと語られています。イスラム国がしていることは、ジャーナリス
トを処刑してそれを世界に発信するなど過激で、彼らが世界の敵だという言い方はわ
かりやすい。しかしアメリカがフセイン政権を倒し、イラクでは権力の空白域ができ
た。シリアもアサド独裁というわかりやすい図式でしたが、反アサド勢力の中からイ
スラム国ができてきた。複雑な状況です。そういうことを考え抜かなければならない
のに、イスラム国は交渉する相手ではなく、殲滅しなければならないという形で進ん
でいます。
 フランスでシャルリー・エブド襲撃のようなテロ事件が起きると、ますます「イス
ラム過激主義は世界の敵」というわかりやすい図式になる。
 テロの犠牲者への哀悼は当然の感情です。ペンをもって「表現の自由を守れ」とい
うデモにも共感できる。しかしいったい2014年に日本で起きたことはどうなの
か。自分の足元を見る視点が欠如していると思います。
 朝日新聞の一連の問題で、僕らは表現の自由を守る運動ができたのか。総選挙報道
について民間放送に対し、公平・公正・中立を求める文書が与党から出されもした。
 フランスの人たちが表現の自由を守れと立ち上がる水準と、日本のメディアが「表
現の自由を守れと人びとが立ち上がりました」と他人事のように伝えることの落差
を、もっと自覚的に考えるべきだと思います。

藤森 原さんは昨今のメディアの状況についてどう考えていますか。
原 イスラム国は誰がどのようにして声を上げたのか。マスメディアはそれを調べよ
うとしていない。先日の「報道特集」では、イスラム国の子どもたちの洗脳教育を取
り上げていました。他にはなく非常に貴重です。一種のスクープと言える。
 9・11事件のあと、相手がどういう理由で過激な行動を起こしたのかという問い
は捨象されてしまった。当初は「なぜアメリカは襲われたのか」と特集した新聞がア
メリカでもあったようですが、圧倒的に愛国ムードにあおられて、そうした検証が吹
き飛んでしまった。その結果が今になって出ている。
 少数派の発言のためにこそ言論・表現の自由は保障されるべきもの。少数派の言う
ことを多数派が聞いて議論して、新しい地平をどう作っていくか。
 87年に朝日新聞阪神支局がテロを受けて、記者が亡くなった。その時考えて、
「テロを無くすには、テロ犯を言論の場に引き出して話し合えないか。ジャーナリズ
ムはそのために活動すべきだ」という結論に至った。「テロ犯になりそうな人たちの
言論を朝日も積極的に報じるべきだ」と発言しました。その後、右翼だけではなく様
々な人を集めて朝日は座談会をやっています。その中で右翼の人たちは、テロという
言葉は使ってないと思いますが、「時として実力行使も必要だ」と言っている。そこ
までの記事が出た。
 現代のマスコミの言論の振幅は非常に狭い。もっと左右に広げる必要がある。
 少数派の意見は発掘しなければ出てきません。出てきやすいのは社会の主流派の言
論だ。少数派の言論こそ保障すべきです。
 今までは権力の規制からどれだけ自由になるかという闘いをしてきた。しかし、人
民の中での大衆的な言論圧迫、暴力が出てきた。朝日の植村元記者の家族に対する脅
迫など、テロと隣り合わせのところにある。
 全て言論の場に戻して議論をするためには、相当な覚悟と場の広げ方が必要です。

◇「今、自分、カネ」が興味の中心

藤森 少数意見が大事だというのは全く同感です。筑紫哲也氏や伊藤正孝氏が編集長
の時に「朝日ジャーナル」の編集部にいました。その時昭和天皇が亡くなった。みん
なが「おいたわしい」と、一色になることこそ怖い。できるだけ言論の幅を広げよう
と誌面に新右翼の人にも反天皇制運動連絡会の人にも、出てもらったことを思い出し
ます。
 昭和天皇が亡くなる少し前に、本島長崎市長が昭和天皇に戦争責任はあると発言し
た。1年ほど後に本島氏は銃撃されますが、それ以前に右翼が長崎市内を街宣車で駆
け回っていた。朝日を含めてマスコミが一斉に出したのは、「言論の自由を守れ」と
いう社説。文句のつけようのない正論です。だが、安全な「言論の自由」を叫ぶだけ
ではずるい。朝日として昭和天皇に戦争責任があると思うのか、ないと思うのか。そ
れを言うことが、本当に言論の自由を守ることではないのか。
金平 言論の振幅が狭くなっているのと同時に、今のメディアは圧倒的に多数派に依
拠している。企業として生き残らなければならない、部数を稼がなければならないと
いって、ジャーナリズムが拠って立つ論理が企業論理に浸食されている。
 メディアや個々の記者やディレクターが、自分たちの報道活動が誰のためなのか、
わからなくなっている。「今、自分、カネ」しか興味がないし、多様性がない。
 今の言論状況は、少数派の意見をすくうどころではない。沖縄に関しては起きてい
ることを報じない。キャンプ・シュワブのゲート前にコンクリートミキサー車が来て
それを止めようとした人たちから、初めて逮捕者が出た。政権は選挙で示された沖縄
の民意を無視しようとしている。東京のメディアは、現地とネットワークを持ってい
るのに報じようとしない。
 沖縄からニュースが上がってきても、切り捨ててしまう。そういう構造ができてい
ます。
 自覚的な人間をネットワーク化するしかない。とくに今年は戦後70年という重要
な年です。僕らの置かれている位置を見つめる最後のチャンスだと思う。過去の歴史
を見据えるというタイミングは、もう来ないだろう。

原 戦前のジャーナリストがどう仲間を作って抵抗し、ある時は負けたけどあるとき
は勝ったという体験記を探したが、およそ出ていない。ジャーナリストはBC級戦犯
と同じだ。上司の命令に従ったというジャーナリストのBC級戦争責任を考えたこと
もない人が圧倒的でしょう。
 むのたけじさんは戦後に朝日新聞を辞めたのは失敗だったと言っている。本多勝一
さんも、かつて朝日にとどまって闘うべきだったと言っていた。そこで現場にとどま
っている方が後悔しないのではないかと思う。
金平 満州事変の時の大阪朝日の役員会の議事録が大阪憲兵隊の資料の中に残ってい
ます。大阪朝日の編集局長が、「今後の方針として、…軍部を支持し、…現在の軍部
及び軍事行動は絶対批判を下さず、極力これを支持すべきこと」と演説している。そ
の直前に起きたのは不買運動です。在郷軍人会がボイコットして、奈良県では一紙も
売れなくなった。
 当時は軍部が言論弾圧していたが、今は官邸がクレームをつける。
 戦後という枠組みが無効化してきた。東日本大震災と原発事故が起こり、「災後」
が自らを振り返る契機になるべきでしたがそれに失敗した。今まで積み上げてきたも
のが崩れ、「戦前」になりつつある。

◇国家主義的な国益が危険

原 戦前は権力がマスコミを抑えた。戦後は、権力による規制だけでなく、権力のお
先棒を担ぐジャーナリズムがある。そこが決定的な違いですね。そこを深刻に考える
必要がある。
 戦争の前には戦争反対派と賛成派の分裂が起きる。今は国家主義的政策をめぐって
ジャーナリズムの分裂が起きている。
 日本では足並みをそろえて戦争に反対したという経験はない。満州事件の時も現地
に行っていた記者は関東軍に共鳴していた。満州は日本の生命線だという国益論に共
鳴していた。今でも国益論は危険です。
 言論機関は権力のポチどころではなく、政府はリードするという意識がある。今の
政権のいう国益は国家主義的国益で、相当に危険です。
金平 産経や読売、日経の中で日米安保同盟死守をいう人たちを知っていますが、彼
らは自分の中に確固とした信念を持っているとは思えません。
 ハンナ・アーレントがアイヒマン裁判を傍聴して見たものは、無思想で組織の中で
の上昇志向が強く、忠誠心が強い人間像でした。彼女は「凡庸な悪」とよんでいます
が、今の日本の右派メディアも「凡庸な悪」と通底しているのではないか。
 だからこそ朝日の役割はまだまだ大きい。
 社論に合わせて記事を書くのはダメなのです。産経や読売の記者も含め、ジャーナ
リストの内部的自由の確保が一番大事です。
 現場を取材した記者には「抗命権」がある。デスクから「今日はこれをトップで行
くから色をつけろ」と言われて「できません」と断るのが僕らの教えられた記者の誠
実さでした。かつては逆らう記者、手におえない記者がいっぱいいた。デスクの言う
ことを聞かない。勝手に動く。やりすぎる。そういう記者がマスメディアを活性化さ
せていた。
 会社の上司より、現場で競っている他社の記者の方が信用できる。それがなくなっ
てきた。
原 私も金平さんの云われた抗命権をもっと議論すべきだと思う。そうでないとみん
なBC級戦犯になってしまう。BC級戦犯というのは、上司の命令を受けた場合で
も、責任は本人にあるのだと国際法のあり方として決めたものですね。その重要性を
議論しなかった。
 自分の良心に反することをやれと言われた時に拒否する権利はあることを、日本社
会は議論として認めるべきだと思う。

藤森 メディア界が二つに割れて、読売・産経と朝日・毎日・東京に分かれているこ
とを、学生たちは、それは言論が多様なのだからいいことだといいます。
 しかし、少し違う。日本は議院内閣制で、内閣と議会多数派が一体。司法が権力分
立としてチェックすべきですが十分に機能しない。そこで戦後70年間、メディアが
権力のチェックをやってきた。何党が政権に就こうが、ジャーナリズムはあらゆる権
力に対して距離をとるべきだ。それが基本ですが、今はメディアの半分が権力につな
がっている。
 最近よく言及される白虹事件は、1918年の米騒動の報道に対し寺内内閣が言論
封圧した。先鋭に内閣に反対していた大阪朝日新聞は、ずっと狙われていた。その中
での大阪朝日記者の、「白虹日を貫けり」という表現に乗じた言論弾圧事件です。そ
の前から寺内内閣は右翼に「新時代」という雑誌を作らせて、大阪朝日を集中攻撃し
ています。吉野作造が発言しているそうですね。
原 吉野作造は「言論の自由、社会的圧迫を排す」という論文を書いています。これ
までは国家的圧迫だが、今度は社会的圧迫が出てきたと吉野は論じている。それが
「国賊朝日を葬れ」というキャンペーンだ。今度の朝日叩きと同じです。

◇マスコミに騙されないように

藤森 原さんが用意してくれたレジュメで、「あなたが編集長だったら、戦後70年
でどういう企画をたてるか」というのは面白いですね。
原 戦後、日本の民主主義がどのレベルまで来たのかの検証をするいい時期だと思
う。「民主度」という言葉があってもいいのではないか。
金平 戦後70年の企画で一番月並みなのは、特攻隊員の生き残りに話を聞いておか
なければと、若い人ほど言う。もちろんそれは大事だけれど、若い人たちと接して感
じるのは、現代史を知らないことです。1960年から80年に起こった浅間山荘事
件も三島由紀夫事件もロッキード事件も知らない。エポックメーキングになった事件
を愚直に取材したらどうか。当時取材していた記者はまだ生きている。そうした人に
聞いておかないといけないと思う。
 民主主義は過去より後退していると思います。メディアではフランスで各国の首脳
が集まったのを大行進と書く。デモという言葉は反原発や過激派を連想させるから使
わない。
藤森 わたしが70周年企画を立てるとしたら、物差しは憲法の3本柱です。
 国民主権は90年代にはさらに進むと思えました。住民投票とか情報公開とかが広
まっていた。しかし94年に小選挙区比例並立制に変えられてしまってからは、進展
しているかどうか疑問符が付きます。
 人権について、男女共同参画とか雇用均等法は大きな成果です。しかし障碍者問題
などは進展していない。
 一番危ないのは平和主義です。60年代以降は九条を守ろうというのが圧倒的なコ
ンセンサスだった。それがここへきて揺れ始め、解釈改憲が始まった。まだ戦後、一
兵も殺してないということでは、日本は頑張っているともいえる。

原 もう一つ戦後70年でやってもらいたいことは、自分の会社の社史を点検すべき
です。そうすれば、大体の新聞は戦争の問題をやらざるを得ない。その検証をするこ
とでジャーナリズムは甦るかもしれない。
藤森 最後にこの状況をどう変えるかを話し合いたいと思います。まず私からご報告
します。
 1月7日に朝日の現役とOBが集まり、北星学園の植村隆・元朝日記者を励ます会
が開かれました。9日には提訴があり、その報告集会には300人以上もの人が参加
した。
 朝日の中に、慰安婦問題を取材するチームができたと聞いています。そういう方向
を励ましていこうと思います。
金平 現場で取材することですね。弁の立つ人や、わかりやすくやってくれる人がい
いのではなく、現場で苦労した人が報われる現場主義があれば、組織も個を大切にす
る方向に行くと思う。次はシニシズムを克服すること。リスクをとって行動するよ
り、斜に構えるほうが格好良く見えます。それがジャーナリズムを一番ダメにする。
もう一つはユーモアです。もともと風刺には、いきり立っている相手を脱力させて和
らげる効果がある。自分が独善主義に陥るのを防ぐにも笑いのセンスが必要です。
原 ジャーナリストとして、徹底的な事実主義に立ちたい。また私はしばしば覚悟と
いうことを強調するのですが、覚悟は一人ひとりが決めるものです。団結は大切です
が、個人の質が強まってこそ団結も強まる。
 これから「お国のため」が強調される時代が来るでしょう。マスコミに騙されない
ようにしなければなりません。
                            (まとめ=保坂義久)

         *JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2015年1月25日号1、2面

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