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久々に雨の中での佐賀県庁横、くすの栄橋での金曜行動 佐賀県へ質問要望書を提出も

2020.02.28(21:26) 25492

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 久々に雨の中での佐賀県庁横、くすの栄橋での金曜行動になりました。28日の行動には7人が参加しました。この日は、行動前に「さよなら原発!佐賀連絡」(豊島耕一代表)として玄海原発のさまざまな問題について佐賀県へ質問要望書を提出しました。
まず使用済み核燃料を保管するプールにこれまでの1・6倍もの使用済み核燃料を保管するというリラッキングの危険性と問題を指摘したうえで、リラッキング方法などを質問しています。次に緊急時対策棟問題です。再稼働時に緊急時対策棟はなく、完成時までに代替緊急時対策所が設けられました。それがなんとも貧弱でとても原発事故の際に事故収束作業を行える施設ではありません。休憩室も仮眠室も医務室もなく、水道設備もなく飲料水はペットボトル、除染はウエットティシュ使用、トイレは仮設、汚染水槽なしの施設で、どうして過酷事故に対応できるのでしょうか。事故に対応できる緊急時対策棟が完成するまで原発を止めるべきです。代替緊急時対策所の具体的な内容などについて質問しました。
三つ目に、4月から規制委員会の検査が九州電力が修理だけでなく検査まで行う制度に代わります。原発施設の検査に手抜きや見落としがあれば、重大事故につながりかねません。問題点を指摘し、新検査制度の内容について質問しました。四つ目にテロ対策について、五つ目に再生可能エネルギーの出力制限問題について質問しました。回答期限は設けませんでした。十分に検討した上で、しかるべき立場の人から口頭での説明と文書回答を求めています。質問要望書前文は「さよなら原発!佐賀連絡会」のホームページに掲載されています。どうぞご覧ください。
さて、今日の私のアピール原稿は下記の通りです。

 明後日の3月1日は「3・1ビキニデー」です。みなさんご存じでしょうか。1954年3月1日、静岡県焼津市の焼津港を母港とするマグロ漁船「第五福竜丸」が太平洋のビキニ環礁でアメリカの水爆実験に遭遇し、乗組員23人が被ばくしました。実験当時、第五福竜丸はアメリカが設定した危険水域の外で操業していました。のちに第五福竜丸以外にも危険区域内で多くの漁船が操業していたことが明らかになりました。しかし第五福竜丸以外の船の被害実態については調査されないままで、2016年に元船員や遺族が被ばくの影響でがんなどを患ったとして、「労災申請」にあたる船員保険の適用を申請し、国家賠償請求訴訟も起こしましたが、いずれも退けられました。

 アメリカはソ連との核開発競争を背景に1946年から1958年にマーシャル諸島で計67回の核実験を繰り返しました。1954年3月から5月には、ビキニ環礁周辺で水爆実験を6回実施しました。これらの実験は当然のことながら大量の放射性物質を発生させ、マーシャル群島の島々とその島々に生活する人々を被ばくさせました。激しい嘔吐、皮膚の炎症、脱毛などの急性放射能障害が島民を襲いました。住民は奇形児や流産などの異常出産、甲状腺がんや白血病で次々にたおれ、十分な治療もなされずに核実験の「モルモット」のように、太平洋を流浪させられることになりました。そしていまも、さまざまな病気などで苦しめられています。

 第五福竜丸が被災して約半年後の1954年9月23日、無線長の久保山愛吉さんが「原水爆による犠牲者は、私で最後にしてほしい」と遺言を残し亡くなりました。これをきっかけに東京・杉並区の魚屋さんや汚染された魚が食卓に上ることを不安に思う主婦たちが「アメリカの水爆実験をやめさせて遠洋漁業をまもろう」と署名運動に立ち上がり、瞬く間に全国各地で自発的な署名運動が沸き起こりました。これが原水爆禁止の世論と運動に広がり、翌年の1955年8月6日、広島で第1回原水爆禁止世界大会が開かれ、署名が3158万3123筆集まったことが発表されました。第五福竜丸が浴びた放射性物質とその被害は、映画「ゴジラ」が制作されるきっかけにもなりました。

 反核運動の盛り上がりに驚いたアメリカは、日本の反米感情や原水爆に対する反発を取り除くために、「原子力の平和利用」を日本で推進し、反米反核意識を和らげようと考えました。それに乗っかったのが、日本でも核武装が必要だと考えていた政治家の故中曽根康弘元首相と読売新聞社主で日本テレビの初代社長の故正力松太郎氏でした。読売グループが核の平和利用キャンペーンを展開し、原子力発電の推進を図りました。正力氏の腹心で後に日本テレビ専務を務めた柴田秀利氏は「戦後マスコミ回遊記」のなかで「日本には昔から、〝毒は毒をもって制する〟という諺がある。原爆反対を潰すには、原子力の平和利用を大々的に謳い上げる」ことが必要だと提案したことを明らかにしています。

 このように日本の原発は原水爆禁止運動など平和運動を抑圧するために原発の安全性についての議論は一切されないまま導入が図られました。日本の経済成長に伴い電力需要が増え、一部国民の反対の声を無視して原子力発電の建設が進みました。同時に原発建設に手を上げた地域に膨大な補助金が落ち、原子炉を増やせば自治体に入る補助金も増える仕組みができて、私たちが気付かないうちに原発が全国でどんどん増えていきました。福島の例を見てもわかるとおり、安全は二の次でした。

 安倍首相は以前、憲法上、核兵器使用は認められるが、「非核三原則」という政策があるのでできないとの考えを示し、現憲法下でも政府の政策判断しだいで、被爆国である日本が核兵器の保有・使用に踏み込めると主張していました。安保法制や検察官人事など国会に諮らずにいとも簡単に閣議決定で憲法解釈も法解釈も変えてしまう安倍政権ですから、突然日本が核武装するかもしれません。そのために核兵器の原料のプルトニウムを確保するために原発稼働を推進しているのではないかという疑いが消えません。第一次安倍政権だった2006年、すでに国会で福島原発事故と同じ事態が起きる可能性が指摘されていました。にもかかわらず、安倍首相は、「日本の原発でそういう事態は考えられない」として、一切の対策を拒否しました。安倍首相は福島原発事故の責任を一切取らないどころか、安倍政権は何事もなかったかのように再稼働を推し進めています。世界は再生可能エネルギーにシフトしているなかで、原発にこだわる安倍首相の狙いが核武装のためだとしたら、これは絶対に許せません。日本の核武装を防ぐためにも、原発を止めさせることが必要です。もちろん原発が日ごろ出し続けている放射能物質と事故から私たちの暮らしと命を守るためにも一日も早く原発を廃止する必要があります。

 「ビキニ事件」で「死の灰」と呼ばれる放射性降下物の被災船はのべ992隻にのぼるとみられています。既に退けられたのですが、高知で被災船の元乗組員やその遺族が起こした国家賠償請求訴訟の遺族原告の一人はこう述べられています。「福島の原発事故が起き、『直ちに健康に影響はない』と繰り返し、汚染の情報を隠しながら収束を急ぐ政府の対応と、ビキニ事件の幕引きが重なりました。素早く幕引きして時間が経てば、人々は忘れます。隠したい人には都合がよい。日本は、広島、長崎、ビキニと三度も核兵器で、さらに原発事故での被ばくも経験した国。放射能の恐ろしさを世界に発信し、核兵器廃絶、脱原発に力を尽くすことこそ役割ではないでしょうか」と。

私もその通りだと思います。3・1ビキニデーを機会に広島、長崎、ビキニ事件と合わせて、福島原発事故について考え、被ばくの実相について考えてみませんか。今日(28日)から3月1日まで静岡県焼津市などで行われる予定だった「3・1ビキニデー」の諸行事は残念ながら新型コロナウイルスによる感染拡大の影響を受けて中止となりました。
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