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安倍政権下でなぜ日本は「縁故資本主義」になったのか、その本質的理由

2020.07.05(11:46) 27851

杉野です。

https://news.yahoo.co.jp/articles/94bef5aacc99830c4ef8bb57de5c2227301c8cb3?page=1

安倍政権下でなぜ日本は「縁故資本主義」になったのか、その本質的理由
7/5(日) 8:01配信


 コロナ禍以降、政治家や官僚との「縁故」が悪用されていると思しき事態が相次いだ。アベノマスクの生産では実績のない企業と随意契約が結ばれており、持続化給付金事業では実態のよくわからない企業が「再委託」を行って濡れ手に粟の金を稼いでいた。 【写真】安倍よ、さらば…菅官房長官の「逆襲」がいよいよ加速している  今回だけではない。安倍政権下ではこれまでも、森友学園、加計学園の問題に象徴されるように、権力者との距離によって事業を有利に進められるか否かが決まっていると思われてもおかしくないような事態が起きてきた。 こうした縁故が物を言う資本主義を「縁故資本主義(=クローニー・キャピタリズム)」と呼ぶが、しかしこれは不思議な話ではないか。安倍政権は後で詳述するように「新自由主義的」な政策をとっていると見られてきた。新自由主義では、こうした非効率が打破され、効率的な行政サービスが実現するはずではなかったのか。 実は、ことはそう単純ではない。
1970年代に起きた「転換」

 筆者は、拙著『ケインズの逆襲 ハイエクの慧眼』(PHP研究所)において、1970年代に、それまでの「国家主導」の体制が行き詰まり、経済システムが転換を必要としたことを、コルナイやハイエクといった、ソ連型経済体制の批判的分析をした論者の議論にそって論じた。 
必要とされたのは、「当局者の事後的な裁量判断」が蔓延する体制から「リスク・決定・責任が一致」する体制への移行であり、そのためには、なるべく政治が民間人にリスクをかけることのないよう、国家は民間人の予想を確定することに徹するべきだと述べた。どういうことか説明しよう。 
コルナイが言うには、ソ連型経済体制の国営企業の経営者は生産手段を買う決定権を持っているのに、その結果について自腹で責任を負わない。事業が失敗しても一文無しにならないわけだ。だから経営者は過剰に生産手段を買いましていくが、そのリスクは経営者本人ではなく国全体がかぶることになる。 こうしてソ連型体制では、経済全体で生産手段の生産のために生産資源が多く割かれ、消費財生産のために割かれる資源が圧迫されてしまい、慢性的な消費財不足になって崩壊に向かった。 
また、ハイエクのソ連型体制批判をこの視点から敷衍すると、民間人の現場にある情報は、各自のリスクにかかわるが、大事な情報には容易に言語化・データ化できないものもあって中央当局が把握できない。それゆえ中央当局が、民間人のやることをケースごとに胸三寸で裁量的に決定すると、その決定は現場の事情をふまえないものになり、民間人にリスクをかけることになる。しかし、決定を下した当局者は結果に責任を持たない。そうするとリスクの高いことにどんどん手を出すことになる。 
国のなすべき役割というのは、その時々に恣意的な決定をすることではなく、民間人が事前にはっきりと把握でき、そのことによってリスクが減ることになる「ルール」を制定することである。リスクがあって、事態に直面するごとに事後的にどうすべきか考えなければならないようなことには、政府は手を出すべきではなく、リスクを引き受けることができ、それにかかわる情報を把握している民間人に決定を委ねるべきであるとされる。 
以上のような批判は、ソ連型体制には典型的にあてはまったが、西側先進資本主義諸国の公営企業や行政にも多かれ少なかれあてはまるものである。こうした「当局者の事後的な裁量判断」が1970年代までの国家主導体制の行き詰まりの原因だったというわけである。
小さな政府へ」という対策の間違い
 しかし、1980年代以降、実際にとられた政策体制は、新自由主義や、それを若干マイルドにしただけの中道左派・リベラル派の「第三の道」体制であった。 これらの流れは、上記のような転換を誤認した。「リスク・決定・責任の一致」を促す政策をすべきだったところを、必要なのは「大きな政府から小さな政府へ」、「官から民へ」、「国家から市場へ」などだととらえて、民営化、民間委託、規制緩和、財政削減、国際的な市場統合などを推進することとなった。 
それはしばしば、コルナイやハイエクが示唆するあるべき転換から見ると、むしろ逆行するもので、かえってコルナイやハイエクが批判の対象としたあり方を再現・強化するものだった。 上記拙著で取り上げた例のうちのいくつかは次のようなものである。新自由主義は金融の規制緩和を行なったが、自由化された金融取引を決定するディーラーは、自分ではリスクをかぶらず顧客がリスクをかぶるので、過剰にリスクの高い決定をすることになる。 あるいは新自由主義は、役所が民間企業のようになるのが必要な転換と心得、トップダウンの決断を称揚したが、それは現場の情報をふまえずに人々に事前に読めないリスクを課してしまう。ところが、決定者は自腹を切ってその結果の責任をとることがないので、過剰にリスクの高い決定が行われる。
人々が望んでいたことの「本質」
 さて、規制緩和一般をめぐる問題も、このような「転換の誤認」の一環であった。 そもそもハイエクは国家による経済規制に反対していたわけではない。民法や商法のような取引ルールはもちろん必要とされていたわけだし、それだけではなく、労働時間の制限や働く環境の維持向上、公害や環境破壊を防ぐための生産方法の規制も必要とされている。個々の民間人が事前にはっきりとわかるルールとしての規制ならば、民間人が経済活動をする際の不確実性を減らすので、それらは肯定されているのである。 本来なくさなければならないのは、ケースごとに権力者や行政担当者が裁量的に判断し、それを民間人が事前に読めない規制である。1990年代に規制緩和が世論として盛り上がった時、人々が本当に求めていたのは、このような規制の理不尽さから解放されることだったはずである。
官僚が「忖度」で民間人を動かす
 特に日本の場合よくないのが、官僚がはっきりと指示を出さず、「ほのめかし」みたいなもので民間人を動かそうとすることである。筆者が大学院を出て最初に勤めた前任校は、商学部経済学科を経済学部に改組するための認可を文部省から受けた。このとき、筆者も許認可行政のいやらしさを垣間見ることができた。 呼び出した学部長予定者である国際経済学界重鎮の木下悦二教授に40代の官僚が指示書を復唱させるというだけで顰蹙ものだが、やはり実際、官僚は直接指示を出さず「ほのめかし」のようなことを言うだけのことがたびたびあったのである。我々はこれが何を言いたいのかを学科の教授会で懸命に議論し、先方の意向に沿うように新学部を作っていった。 後年、森友問題で「忖度」という言葉がマスコミを賑わせた時、そうだあれは「忖度」だったと思い出したものである。  

もともと問題の焦点は「リスク・決定・責任」が一致しないことである。リスクのある決定の結果、何かあったときの被害は一般民衆がかぶることになるが、決定者である官僚はその被害から免れ、自腹で責任を負うことはない。国家賠償がなされることがあっても、それは決定者の負担ではない。そうである以上、いくらでもリスクに無頓着な決定がなされるということが、コルナイ=ハイエク的な批判のポイントだった。  

それでも普通の国では、あまりに重大な被害が出たら、マスコミから叩かれたり、降格したり、辞職に追い込まれたりするぐらいの責任のとり方はされるものである。それだけでも多少は変な決定がなされないための重しにはなる。ところが「忖度」はその程度の責任すらとらないやり方である。あくまで形式的には業者の側の自主的判断である。「忖度」はするほうが勝手にしたのである。何かあっても業者の側の責任となり、官僚は一切責任を負わない。 

こうした体質がある以上は、業者の側は官僚の意向を探り、規制で手心を加えてもらえるよう、あの手この手で懐柔を図るのは必定である。古典的な贈賄はさすがに禁圧されても、接待、天下りの受け入れなどの癒着がはびこることになる。 1990年代に官僚批判の世論が巻き起こった時に人々が問題視していたのは本来このような体質だったはずである。そこで規制緩和が広く世論の支持を集めたのである。 

ところがこれが、規制があると競争が発生せず、非効率がはびこって生産性があがらないから、民間企業が自由に営利追求競争してコストを削減させるために規制緩和すべきだという新自由主義の議論に回収されてしまった。裁量的な判断を問題視していたはずの官僚批判も、一般公務員へのバッシングにすり替わり、人員削減、賃金抑制、民間委託を進める口実になった。

安部政権の「新自由主義」

 その行き着く先として、「規制緩和」が本来必要とされていたはずの姿からかけ離れ、逆に規制緩和によって本来変えるべき体質を怪物的に強化する結果となったのが、安倍内閣であった。 当初は新自由主義の流れとは逆の「大きな政府」路線を掲げて政権について、トランプ、ルペン、ジョンソンといった世界の右派ポピュリズムの流れを先導した趣のあった安倍首相だが、その後、財政再建路線が前面に出るようになり、今や一介の新自由主義政権の感がある。コロナ対策では緊縮大魔王メルケルにさえ遅れをとり、主要先進国一の緊縮国家になってしまっている。 その安倍政権でも、旗印に掲げた「アベノミクス三本の矢」の「第三の矢」は、当初からまごうかたなき新自由主義政策であった。 新自由主義自体が、ハイエクを教祖と掲げながら、実はハイエクの主張と正反対のことをしばしばしてきたことは今述べたとおりであるが、そこにもともとハイエク思想とは水と油のような右派ポピュリズムが混ざるのだから、正反対さにも拍車がかかり、ハイエクの批判があてはまるやり方を、輪をかけて膨らませることになった。

「国家戦略特区」でエコひいき

 その典型例とも言えることが、「第三の矢」の目玉のひとつ、「国家戦略特区」をめぐる問題だった。もともとは「規制改革特区」という名前だったが、安倍政権は、名称を変更し、恣意的な規制から個人を自由にするという当初の含意を形の上でもすっかりなくした。そして中身もそのとおり、権力者がリスクのある事業をトップダウンで決めるのがいいことだという新自由主義の勘違いそのままに、特定の地域で規制をなくすことを、首相が主導して判断するものにした。 

つまりそれまでは、いくら官僚の胸三寸とは言っても、官僚組織でいくぶんかは担当者個人の恣意の効かない縛りがあったものを、官僚の判断から首相(とその周辺)の判断に変えることで、ますます事後的な裁量が幅を利かすものになってしまったのである。そうすると、以前は業者が官僚に手心をもとめて接近したように、今度はさまざまな利害関係者が首相個人に接近して、「おトモダチ」になってエコひいきさせるようになることは必然なのである。 

そして、決定の結果に自腹で責任がとれないことは、決定者が首相になっても同じである。仮に大きな損失が生まれ、国家賠償まで至ったとしても、本人の負担ではない。官僚と違って何か悪い影響が起こった頃には任期が終わっているかもしれないから、官僚よりもっと責任がとれない。絶対多数の与党のトップなら実質的に国会の追及も機能しない。その上、やはり「忖度」である。責任がかかってこないなら、リスクに頓着しないエコひいきな決定はやりたい放題になる。 加計学園問題は、このような体質の中で、当然生じた事案だったと言える。  

「特区」のように地域を限って政策の実験をすること自体は必ずしも全否定されるべきものではないが、現状のような権力者の裁量的判断がよくないのはさておき、そのリスクを一番引き受けるであろう一般住民が、決定に全く参与しないことは問題である。憲法では、特定の地域だけに適用される法律を決めるときは住民投票をしろと定めている。  
 にもかかわらず、形式的に法律よりも下位の法令なら住民投票不要という理屈は、法律しろうとの筆者には全く理解不能である。リスクを引き受ける住民が決定に参与してこそ、リスク・決定・責任の一致がもたらされる。 私見では、このような安倍首相の精神の文字通りの「象徴」となったのが、天皇の退位を皇室典範の改正ではなく、特例法で認めた措置である。この法律は、第一条に、天皇(現上皇)個人が、一生懸命がんばってくれて国民も共感しているし、高齢で公務を続けられなくなることを案じる気持ちはわかるので、特別に退位を認めてあげるという旨のことをわざわざ書いている。 

つまり、誰にでもあてはまる普遍的ルールとしての法改正ではなく、人を見てその人ごとに、ケースに応じて事後的に判断する加計学園問題の精神なのである。

クローニー・キャピタリズムはこうして生まれた

 ところで、新自由主義は公務員の削減を続けてきた。あまり削減しすぎて、アベノマスクすら長いことまともに配れなかった。そして公務員が減らされた分、行政サービスの民間委託が進んでいるが、この選定にも、政府・行政側の事後的な判断がまかり通ることになる。こうして、冒頭に述べたような事態が引き起こされるのである。 

繰り返しになるが、今、持続化給付金や事業継承補助金などの事業を、実体の怪しげな団体が高額で受託し、電通やパソナなどおなじみの大企業に丸投げして中抜きをしていた。安倍政権下では、これまでも同じ顔ぶれで同様のことを続けてきたらしい。コロナ後の「GoToキャンペーン」事業でもやろうとして叩かれてとりあえず頓挫しているが。    
 
これも、70年代までの国家主導体制の行き詰まりの本質を認識せず、民間営利企業の支配者本位への転換と(意図的に? )誤認したことの究極の帰結である。

松尾 匡(立命館大学経済学部教授)
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