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「6月17日事件」60周年──立憲主義の定着に向けて(3)

2013.06.21(19:30) 849

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 「6月17日事件」60周年──立憲主義の定着に向けて(3)
 (水島朝穂「今週の直言」6月17日)
 http://www.asaho.com/jpn/bkno/2013/0617
 
  今回の選挙では、権力と政党と市民および市民社会の関係が、深いところで問題
 になっているように思う。水島朝穂・早稲田大学法学学術院教授の「今週の直
 言」。今週は今回は、60年前に旧東ドイツで起きた「6月17日事件」を発端
 に、「立憲主義の定着」についての推敲まで深められてゆく。
 
  旧東ドイツで起きた「6月17日事件」について、水島さんは以下のように整理
 する。
 
 ──1953年3月5日、旧ソ連の独裁者スターリンが死去した。凄まじい圧政と
 専制と粛清の権化がこの世から消えて、ソ連に抑圧されてきた東欧諸国にも変化が
 生まれた。その「最初の一突き」が、「労働ノルマ」10%引き上げに反対する旧
 東ドイツ労働者の職場放棄とデモであった。最初はベルリンの一工場で始まった労
 働者の動きは、東ドイツ全土に急速に広がっていった。ソ連軍のベルリン地区司令
 官は直ちに戒厳令を布告。「3人以上の集会」を禁止した。だが、デモは全国規模
 のものとなり、当初の切実な経済要求から、次第に自由・秘密・直接選挙の要求、
 政治犯の釈放、軍隊の即時解体、東西ベルリンの境界の即時撤廃など、明らかに政
 治的色彩を帯びた要求へと発展していった。労働者の決起におびえた党・政府首脳
 は、シェーネフェルト空港からモスクワに逃亡する寸前だった。ソ連は陸軍16個
 師団と戦車600両を投入して鎮圧をはかり、労働者・市民に向けて発砲した。労
 働者・市民に多くの犠牲者が出たが、他方で、市民に発砲する命令を拒否したソ連
 軍兵士40人が軍法会議にかけられ、銃殺された。たくさんの労働者・市民が投獄
 された。──

  <60年前のこの事件>を、私たちはどうみるべきだろうか。政権党は、「反革
 命・反ソ暴動」と喧伝、世界の社会主義勢力も当初、「帝国主義勢力による社会主
 義転覆の策動」というプロパガンダに乗り、乗せられ、リアルタイムでそこから抜
 けだすことはできなかった。流れが変わったのは、ソ連の「チェコ侵略」あたりか
 らである。そしていま、自民党の「改憲草案」および改憲発議条件を緩和する「9
 6条」改定の動きが浮上する中で、ようやく「立憲主義」の言葉にスポットがあた
 るようになった。憲法とは、国民が権力を規定し監視するためのものであるはずだ
 が、自民党の「草案」はその憲法に国民を縛り込む役割をもたせようとする真逆の
 性格を盛り込んでいる。これを通すようなことがあれば、平和主義も民主主義も人
 権尊重も、日本国憲法の基本理念を、私たち自身が根底から覆すことになる。日本
 社会は、「和」の精神(枠組み)を喪失するどころか、そのままさらなる「弱肉強
 食」社会に突入し、さらに極端な貧富の差、格差社会を通じて世界の「弱肉強食」
 の論理、 極端な資本の論理を呼び込み、日本社会はいたずらに亡国・滅亡の時代
 へと突入することになりかねない。
 
  古くは、君主と議会の緊張関係のなかから「国王といえども神と法の下に」の警
 句や後の「法の支配」「社会契約」、「議会主権」「人民主権」の定着にみるごと
 く、また市民革命による国民主権の宣言から自由と人権の保障の時代へと推移しな
 がらも、二度にわたる世界大戦や世界恐慌などを経るなか、国家による「管理」体
 制の導入、強力な国家権力の台頭が進む。自民党や(それに一定歯止めをかけつつ
 も同調する公明党)、そして維新やみんなの党などは、自民党のおかしな改憲を否
 定せずにそれぞれに歩調をあわせようとしている点で、近代の立憲主義を解さず、
 かたちだけの「立憲」システムを認め、自民党の主張する復古改憲型の社会システ
 ムへと日本社会を後ろ向きに誘導しようとする勢力といえるだろう(議員によって
 差はあるのだろうが)。
 
  そこに混乱が起きていることは、「決められない政治」から「決められる政治
 へ」という自民党のスローガンののようなものが、一定程度、マスメディアにまで
 ニュース判断の尺度として許容されていることにも現れている。絶対権力を「取り
 戻したい」自民党。かつての既得権者がそのままずばり「絶対君主」に返り咲きた
 いといっているに等しい。後ろ向きに国を作りかえて、ドックイヤーとも呼ばれる
 急速な社会変化に対応しようとする無理。それは「立憲主義」を社会内在しない
 「遅れてきた国」の脆さを、そのまま露呈するものである。
 
  一方でまた、水島氏が今回取り上げた「6月17日事件」の惨劇はじめ、その後
 のゴルバチョフのペレストロイカ(改革)・グラスノスチ(情報公開)を契機とし
 た東欧の社会主義諸国民主化に至るまでの長い期間、<少数は多数に従い、下級は
 上級に従い、地方は中央に従うという、非常時型の秘密結社の組織のありようを国
 家にまで押し広げた>「民主集中制」もまた、個人や社会から「自由と人権」を奪
 い、抑圧し弾圧するツールとして機能し続けた。水島氏は、これについて<「民主
 主義的」というのは粉飾的な形容詞にすぎず、本質は中央集権主義である>と喝破
 している。
 
 なお、<旧西ドイツの基本法、そして統一ドイツ の憲法となったドイツ連邦共和
 国基本法が、政党の内部秩序の民主的性格を要求し、「指導者原理」と「民主集中
 制」を否定しているのは象徴的である(21条1項)>。
 
  かたちだけ「立憲主義」の遅れた国で、かつ自民党の一党独裁が続いたような国
 では、この「民主集中制」の根幹に宿る<上意下達>の(軍隊型)<命令型組織>
 への志向は、まだ、依然、消えないのであろうか。
 
  20世紀には「笑顔のファシズム」が指摘されるようになったが、日本のほとん
 どの政党が身に着けたままだった<上意下達の(軍隊型)命令型組織>も徐々に変
 容を遂げるようになった。それに伴って、本部の意向(合っていようと間違ってい
 ようと)どおりに人を動かそうとする自民党に顕著にみられる自己責任とアメとム
 チで組織を統括す手法がはびこるようになっている。その際に、高度な(?)ホン
 ネとタテマエの使い分け(ごまかし)も、当事者資格の一環として求められる。
 
  <上意下達の軍隊型組織>は、非常時型の秘密結社ばかりでなく、現代のリーダ
 ーシップ論でも、成熟度の低い(情報力や技術力など)組織に典型して起こりやす
 く、また必要とされる傾向があるとの研究もある。精神論や体罰の横行は、そのま
 ま「自由と人権」のバロメータとのなりうるが、生活保護受給者に対するバッシン
 グなどの逸脱行為にも象徴されるように、目先の効率と忖度・服従・成果のみが強
 調される「崖っぷち」組織では顕在化しやすい。それが体質と化している場合に
 は、もはや時代とは無縁というほかなくなるだろう。
 
  しかしながら、この雇用不安の時代に、一部のブラック企業と呼ばれるようなと
 ころにおいては、成功を収めた創業者などのもつ「カリスマ」「成功譚」を軸に、
 <上意下達の軍隊型組織>が幅を利かせ、「命と自由と人権」を脅かす事例が出て
 いる。志を共有した同人型組織が、その勃興期から起動に乗るまでの過程で、切磋
 琢磨する姿が表面的にそれに似ることもあるが、成長期から安定期に至る過程で陣
 容を拡大してゆくなかでもまだ、非常時型の上意下達・軍隊型組織とリーダーシッ
 プからの卒業・脱皮を遂げなければ、再び衰退期をむかえ再生期を目指そうとする
 過程において重大な足かせとなる可能性がある。人が育たず、情報や技術のシナジ
 ーが広がらず、ゆえに自由と人権尊重の気風が、与えられた枠以上には広がらない。
 
  在世中に一度として甲斐に敵軍を侵入させなかった武田信玄の政治思想をまとめ
 た言葉に「人は城、人は石垣、人は堀」があるが、組織のミドル・ロワーマネジメ
 ント層では、これを「人を大事にした信頼関係」づくりではなく、「石垣のようで
 あらねばならない」と結束を強要する根拠として強調する者もいるという。組織の
 「(未)成熟度」のほどがみてとれるわけだが、精神論や忠誠心でがんじがらめに
 して人を酷使して、何とか体を保っているような企業組織に、どこまでの人的資源
 の深みがあるのか、疑いたくなる。
 
  マスメディアも同様である。かつて、労働組合がずっと強力だった時代に、経営
 側がGHQとのからみで「編集権は我にあり」として、記者や編集の内部から自由
 を奪い弾圧し統率しようとした時代があった。いまはその「編集権」や「編成権」
 という言葉は聞かないが、実質的に上からの内部監視・抑圧・押し付けの類が強ま
 っているとの報告もある。この事例は、組織の成熟度とリーダーシップの問題とし
 て片付けることはできない。まったく別の社会問題と企業内部の民主化の問題を包
 含しているといえるだろう。
 
  また、「革命政権」の維持のためと称して、専制と粛清を繰り返した陣営の未熟
 も、とうに卒業していなければおかしい。中国の「天安門事件」を引き合いに出す
 までもないだろう。対象の範囲や大きさにもよるが、リーダーの個人差もある。
 「専制と粛清」に類するものは、およそマネジメント能力の欠如とリーダーとそれ
 以外のメンバーの力の乖離や、あるいは支配層・中間層の保身にも目を向けておか
 ねばならないだろう。そこからときとして、とんでもない暴論が噴出してくること
 があるからだ。上意下達の軍隊型組織に慣れきっていると、その暴論を暴論と見分
 けることができなくなり、深刻な組織不信や組織崩壊へとつながる場合もある。
 
  民主党政権末期とその後の、「党内での徹底した議論を通じての合意と現実性・
 具体性のある政策、そして決めたことについて全党一丸となって追求する」といっ
 た言葉も、「決められない政治」と批判浴び、さらに官僚への依存を深めた民主党
 が消費増税やTPPへと突っ走り、そのまま党の分裂へとつながっていった経過も
 まだ昨日のことのようである。自民党もいまや、右派復古改憲国家主義の巣窟のよ
 うな姿になっている。
 
  さらに、きょう(21日)、産経新聞が1面で大きく報じているように、同社が
 憲法改正について全国会議員を対象にアンケートを実施(衆参717人を対象に実
 施、20日までに447人が回答、回答率62・3%)ところ、憲法論議の活性化
 を望ましいと答えた議員は(回答者の)9割を超し、憲法改正は「必要」と答えた
 議員は(回答者の)8割超に上った。
 
  同紙は、<民主党議員の半数も憲法改正は必要としており、参院選後をにらみ、
 憲法改正に向けた機運の高まりを反映>した結果となっている、と報じている。こ
 こにも日本のムラ社会の典型がみてとれる。このアンケートに回答し、また「憲法
 改正」を必要と考えるとした人たちは、本当に自民党の主張する右派復古改憲国家
 主義の実現に賛成なのだろうか。もしそうだとすれば、国連の委員会から次々と勧
 告を受け続ける状態であるのも仕方ない国、ということにしかならないだろう。
 
  日本の「民主主義」の「質」は、いまも依然として問われ続けねばならない状態
 にある。私たちはその事実を共有して、政党や役所や企業や団体や、私たちを取り
 巻く市民社会のありよう全般について、協同して模索を進め、変革の波を起こして
 ゆく必要があろう。自民党を軸とした「改憲」策動を跳ね返す運動の大事な一環と
 して、「立憲主義」を社会に根付かせる取り組みと、日本社会に根深い「民主集中
 制」の誤謬からの卒業は、並行して進行すべきものとの認識も広く共有してゆかね
 ばなるまい。
 
  日本社会はすでに、独裁状態を続けていた自民党を政権から引き摺り下ろした経
 験を共有している。また、それを引き継いだ民主党政権のふがいなさも目の当たり
 にした。それと並行するようにインターネットの急速な普及、携帯端末の爆発的普
 及・SNSによる市民のネットワークの広がりも経験し共有している。ネットを活
 用した選挙活動も解禁となった。いまこそ、日本国憲法を守り発展させる勢力によ
 る政権を樹立すべきときである。その担い手は、<上意下達の軍隊型組織>への回
 帰の可能性をしっかりと払拭しておく必要があるだろう。
 
  現在のネット社会では、たとえばツイッターが「バカ発見器」とも称されるよう
 に、政治家や公務員が信じられない「暴言」「失言」をさらせば、そのまま社会的
 大問題に発展する。メディアの報道についても、政党や政治家の動向も同様であ
 り、それは批判だけでなく賛同の渦も巻き起こす。指示待ち、方針待ちではなく、
 個々の日々の即座の発信が時代を突き動かしてゆく。個々が、各陣営に属していよ
 うとそうでなかろうと、個々がどこまで日常の情報共有と議論とを深め、活動に取
 り組んできたか、人と人のネットワークを広げてきたか、信頼関係を築いてきたか
 が、そのまま広大なネットワーク空間に表出され、流れを生み出すきっかけやひと
 つの要素となる。
 
  それがどこまで伸びるか、広がるか。その実験を日々行い、その実感を日々つか
 みながら猛スピードでの情報共有の進むいま、宣伝など情報発信力もさることなが
 ら、情報 収集力、情報共有力、あらゆる意味での情報検証力など、総合的な力
 が、共有の機 会を求めてやまない広大な市民のネットワークのなかでひしめいて
 いる。いま日本のすべての政党・政治家が、一枚も二枚も三枚もの脱皮を求められ
 るのは当然ことであろう。ひとつのアクションがリアルタイムに伝播し波及し、ま
 た次の波を呼び込み、呼び起こしてゆく。その民主化と時代発展と正のループを、
 自民党を軸として展開されている負のベクトルに対峙させていかねばならない。

  水島氏の次の指摘も、とても大事である。
 1)東欧民主革命のトップランナーとして民主的法治国家を実現したハンガリーに
 おいて、いま、立憲主義からの逆走が起きている、2)グローバル経済のもとで近
 代立憲主義というプロジェクトを維持することの『困難さ』についての指摘が出て
 いる。
 
  水島氏はさらに、中華人民共和国憲法53条=「国民は、憲法及び法律を遵守
 し、国家の機密を保守し、公共財産を愛護し、労働規律を遵守し、公共の秩序を守
 り、社会公徳を尊重しなければならない」を引き合いに出して、<自民党憲法改正
 草案の9条4項、12条、13条、29条2項、102条を一本にまとめたような
 イメージである。自民党改憲草案と中国憲法は、国民に対して、あれもこれも義務
 づける点でよく似ている>と指摘して、最後に<日本でも、旧社会主義国の憲法の
 ように権利制限に饒舌な改憲草案を、憲法とは何かも十分に理解しないまま振りか
 ざす首相が驀進している。立憲主義の定着には、まだまだ時間が必要なようであ
 る>と結んでいる。
 
  今週の「直言」も必読である。この機会にしっかりと読み込んで、議論を深めて
 おきたいところである。

                             Junzo Kowashi

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http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1306/10/news052.html
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http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/06/18/kiji/K20130618006035570.html
高市氏撤回し謝罪 「原発事故で死者なし」発言(東京新聞20日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013062002000111.html
憲法改正「必要」84% 衆参とも3分の2超す 本社、国会議員アンケート
(産経新聞21日)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130621/plc13062106580004-n1.htm

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